第3回 “WANDERING”と“WONDERING”
さて、「コンテクスト」の話に関連して、参考になる本があります。宮城教育大学教育学部教授の西林克彦氏の著した、『わかったつもり』(光文社新書)がそれ。「文脈」が、いかに文章の読解に重要かが説かれています。例えば、「布が破れたので、干し草の山が重要であった。」という文章があったとします。一見しただけでは、何のことが書かれているのか、意味がよく分かりません。しかし、「パラシュートについて」という文脈が明かされると、途端に謎が氷解します。パラシュートの布が破れ、落下速度があがったので、クッションとなる干し草の山に命運がかかったという意味の文章だったのです。つまり、ここでの文脈としての「パラシュート」こそ、私の述べている「コンテクスト」あるいは「コンテクストの芽」なのです。そして、文章が時代の動向=コンテンツというわけです。この本は、文章の読解に焦点を絞って書かれていますが、時代を読解する際にも応用できます。ご興味のある方は、是非原典にあたられてみて下さい。
私自身の例をあげて、もう少し説明してみましょう。フランスの思想家ジャン=リュック・ナンシーは、現代社会の様相を「異郷化」と呼んでいます。場所や人との結びつきが失われ、まるで故郷を喪失してしまったような不安感の漂う時代という意味です。そして、こうした「異郷化」が進むと、当然人々はその反動として、失われた伝統や愛国心を懐かしむ気分を強めるはずです。「アイデンティティ」という言葉は本来、精神分析の分野で提唱されたものですが、現在の様に広く一般的に使われるようになった背景には、故郷や帰属集団の喪失といった「異郷化」への兆しがあったのかもしれません。つまり「異郷化」という概念に注目することで、「アイデンティティ」問題から、昨今の「日本の女性は、美しい」と謳う資生堂「TSUBAKI」、映画『ALLWAYS三丁目の夕日』のヒットなどの日本回帰ブームまでが、ひとつの文脈のもとに読解できるようになるのです。この流れはおそらく、「愛国教育」などへも及んでいるのでしょう。私としては、狭小なナショナリズムに安易に結びつかぬよう願うばかりですが。
さて、「コンテクストの芽」を蓄えたら、今度は個々の事象=「コンテンツ」の収集ということになります。決まった方法は、全くありません。<情報紙誌、専門紙誌、インターネット、専門家、事情通、街や店、流行、データなどなど>の<取材、観察、インタビュー、スクラップ、撮影、調査などなど>によって収集ということになり、限りはありません。個々人の得意な方法で、探ってほしいというほかないでしょう。ただし、「コンテクストの芽」を持ってさえいれば、「仮説」の周りに自然とピンと来る物事が見えてくるものです。(この、「ピンと来る」ことに関しては、次回お話します。)
ただ、ひとつだけ、「コンテンツ」収集にあたって、私が心がけていることがあります。それは、“WANDERING”と“WONDERING”です。どちらも日本語発音では、「ワンダリング」ですが、スペルのAとOで違います。“WANDERING”は、「あてもなく歩き回ること」「取り留めないこと、脱線すること」、いわば「さまよい」です。もちろん、発見を求めて街などを歩き回ることを意味していますが、実際に歩くことばかりではなく、様々な情報や文物に、ジャンルを決め付けることなく、脱線を気にせず、横断的にあたるということです。“WONDERING”は、「驚く、感嘆すること」そして「不思議がること」です。好奇心を忘れず、固定観念は忘れましょう。とにかく、何でも面白がってみることです。日々、当たり前と思い込んでいることも、角度をちょっと変えるだけで、異なってみえることがよくあります。時に違う立場や性格になったつもりで、ものごとを眺めてみたらどうでしょう。「お客さんやユーザーから見たらどう見えるか。」、なんていうのは当たり前。せっかち人間になってみる、厳格者になってみる、男だったら女だったら、高齢者はどう感じているか、子供にはどう見えているのか。おんなじ人間だって、恋人ができたときと、失恋したときでは、物事はぜんぜん違って見えるでしょう。だからこそ、20代のOLの意識などといった、通り一遍のアンケートデータなどを、全面的に信じることはお勧めできません。「コンテンツ収集」に限らず、仕事や遊びでも、日頃からこの“WANDERING”と“WONDERING”を意識していると、思わぬ広がりをもたらしてくれると思います。(私の場合、そのためあまりに仕事とかけ離れたところに行ってしまい、「脱線し過ぎ」とお叱りを受けることも間々ありますが。)ちなみに旅行するおりなど、時には目的を定めずに“WANDERING”“WONDERING”してみると、出会いや発見が広がり何倍も楽しめます。(ただし当然のことですが、危険な場所などでは、控えてくださいね。)
そして、目だけに頼りすぎないこと。匂い、手触り、空気や気分、五感をフルに働かせると、きっと意外なことが見つかったりします。例えば一度、新宿、渋谷、銀座のCDメガストアへ出かけて、それぞれの店内で流れている、レコメンド曲に耳を傾けてみてください。そこで頻繁にかかっている音楽を聴くだけで、有料の来街者データなどを取り寄せなくとも、それぞれの街に集う人のイメージやニーズがクリアに感じられるはずです。 |

(株)メディアボックス プランニング室
チーフプランニングディレクター
深澤 徳
1957年東京生まれ。1979年慶應義塾大学経済学部卒業、同年I &S BBDO(当時第一広告社)入社。広告クリエイターとしてキッコーマン、明治製菓、マツダなどのCMを制作(ACCほか広告賞多数受賞)。1987年から10年間に渡って、セゾングループの文化・CI戦略プロジェクトへブレーンとして参画。その後マーケティング・プランナー、コンセプターを担当。その間『消費の見えざる手』『In-Site』といった時代分析等の出版物の企画・執筆も行う。2000年にI &Sを退職後、潟激塔Rーポレーションを設立。チェコのアニメを主とした映像配給事業を手がけ、そのほか舞台公演など文化事業の企画や批評活動に携わる一方、NPO法人リアルシティーズの理事としてカルチャー情報サイト「REAL TOKYO」のサポート、寄稿を行う。2005年にレンコーポレーション退任後、現在は東京テアトルグループの広告会社である潟<fィアボックスに在籍、メジャー配給映画の宣伝・プロモーションを中心としたプランニングを行っている。
鰹、業界より刊行されている月刊『販売革新』に、時代潮流を解読するコラム「マーケティングのものさし」を連載中。
また写真やカルチャーなど私的関心を綴ったブログも公開中。
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