最終回 「ものさし」を持とう
時代を読み解くために必要な“技術”に関しては、これですべてお話しました。日々の「コンテクストの芽」の蓄積、「WANDERING & WONDERING」によるコンテンツ収集。「アブダクション」を駆使しての分析、「セレンディピティ」的な閃き。それから、人脈の「水平ネットワーク」構築。そして何より、それらが、有機的に連動し機能すること。
こうやって、改めて並べてみますと、何か非常に難しいことのように思われますが、要は、世の中のモノやコトやヒトに、いつも面白がって接することに過ぎません。その際に、ただ面白がって済ませてしまうだけではなくて、ちょっと意識して「何故?どうして?」と考えてみる。そして、そんな「何故?どうして?」のたまったものを、つなげたり組み合わせたり、こねくりまわしてみる。そんなことが、クセとして習慣になってくると、いつしか自分なりの時代の流れが見えてくるようになります。
ただし、“技術”とは別にもうひとつ、「何故?」を考えるための、軸足とでも呼ぶものも必要です。人文・社会科学などでは「認識のための方法論」などと難しく言ったりしますが、物事を見極め推し量るための「ものさし」とでも言えばいいでしょうか。同じ物事でも、「ものさし」が違えば違って見えます。判りやすい例で言えば、政治的な右派と左派、同じ課題でも正反対の見解を持ちますよね。政治的な話は別にしても、自分の物を見る尺度を明快にしておくのは大切ですし、押し付けられるものではなく、試行錯誤しながら自ら磨くものではないでしょうか。
ちなみに、参考までに私の「ものさし」をお話します。私は、学生時代からフロイトの精神分析を勉強してきました。といっても決して専門ではなく、あくまで独学で関連書などを読んできただけですが、当時興味のあった芸術運動などを理解するうえで必要だったからです。そして、社会人になってから、そのフロイトを発展させ思想界に大きな影響を与えた、ジャック・ラカンに出会いました。ここでは、詳しくその理論なりを述べる余裕はありませんが、彼は精神分析の考え方を独自に発展させ、人間そのもの、そしてその欲望や欲求のメカニズムを解読しました。彼は1981年に亡くなっていますが、その理論はまったく古びておらず、現在の複雑な世の中を捉えるのにも、かなり有効です。もちろん、それだけで金科玉条というわけには、いかないでしょうが、今を生きる人々の欲求などの原因や仕組みを解き明かすのに、これほどぴったりで便利な方法は他にちょっと見当たりません。止むことのない<自分探し>の原因なども、眼から鱗でクリアになります。
ただ、難点がひとつ。それは、ジャック・ラカンがとてつもなく難解なことです。彼は、生前まとまった自著としては『エクリ』という一つの大著しか残しませんでした。ものすごく難解にも関わらず、出版当時フランスではベストセラーになったそうです。それだけ、人をひきつける不思議な魅力が彼の理論にはあるのでしょう。その後、彼の弟子たちが講義や講演をまとめたものや、入門書なども多く出回っていますが、どれもお世辞にも易しいと言えるようなものではありません。もともと、理論自体が込み入っていて、一筋縄ではいかないのですから当然といえば当然。私も、相当苦労して、あちこちの書物にあたり、なんとか自分なりにボンヤリ理解できているというのが正直なところです。
そんな中、ようやく、初心者でも手に取れる、入門書が昨年末に出されました。斉藤環著の『生き延びるためのラカン』(バジリコ株式会社)です。斉藤氏は、臨床も多くこなす精神科医で、これまでも若者や文化現象をラカン的に解読した本などを著してきました。今回の『生き延びるためのラカン』は、学生を対象に書かれているため、文体にちょっと抵抗を感じる方もいるかも知れませんが、内容はとてもわかりやすくラカン理論を解説していて、興味のある方には本当にお勧めです。私の若いときに、こんな本があったら、どんなに楽だったことか。
さて、このコラムも今回で最終回です。解りにくいところや、首をかしげるようなところも多々あったことと思います。ただ、私が仕事上で実際に駆使しているメソッド、その全てをお伝えすることだけは心がけました。いま世の中は、目まぐるしく急変しています。その行く末を見極めることは容易ではありませんが、何かの折にこのコラムを思い出し、すこしでも役立てていただけたならこれに過ぎることはありません。目下のところの私の大きな関心事は、いま深層で起こっている人々の「所有意識と時間意識の変化」です。アンチエイジングやロハス、あるいはオンライン上の事々など、様々なムーブメントが、両意識変化の文脈の上で考えられます。関心のある方は、月刊『販売革新』に連載中の拙著コラムもご参照いただけたら幸いです。そのほか、何かありましたら、「それいゆ」を通じて、メールをお送りください。最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
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(株)メディアボックス プランニング室
チーフプランニングディレクター
深澤 徳
1957年東京生まれ。1979年慶應義塾大学経済学部卒業、同年I &S BBDO(当時第一広告社)入社。広告クリエイターとしてキッコーマン、明治製菓、マツダなどのCMを制作(ACCほか広告賞多数受賞)。1987年から10年間に渡って、セゾングループの文化・CI戦略プロジェクトへブレーンとして参画。その後マーケティング・プランナー、コンセプターを担当。その間『消費の見えざる手』『In-Site』といった時代分析等の出版物の企画・執筆も行う。2000年にI &Sを退職後、潟激塔Rーポレーションを設立。チェコのアニメを主とした映像配給事業を手がけ、そのほか舞台公演など文化事業の企画や批評活動に携わる一方、NPO法人リアルシティーズの理事としてカルチャー情報サイト「REAL TOKYO」のサポート、寄稿を行う。2005年にレンコーポレーション退任後、現在は東京テアトルグループの広告会社である潟<fィアボックスに在籍、メジャー配給映画の宣伝・プロモーションを中心としたプランニングを行っている。
鰹、業界より刊行されている月刊『販売革新』に、時代潮流を解読するコラム「マーケティングのものさし」を連載中。
また写真やカルチャーなど私的関心を綴ったブログも公開中。
http://wander-dist.cocolog-nifty.com/
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