なぜかヴェネチアには行ったことがなかった。期待が裏切られるのでは、という気持ちが頭の片隅にあったのかもしれない。あまりに有名な観光地は、人混みと観光客ずれした店ばかりで、いまひとつ満足感が得られないことがある。おまけにイタリアのTVで見るヴェネチアの映像は、旅心を誘う魅惑の街ではなく、雨で水嵩が増しては水浸しになり、長靴を履いて歩くことを強いられる不便そうな街。有名なサンマルコ広場は、しょっちゅう軽い洪水のようになっている。これはアクア アルタ(直訳すると高水)と呼ばれるヴェネチアの風物詩で、年々アクア アルタの日数は増えている。そんな映像を見るたびに、沈む前に(まだまだ先の話だけれど)行かなければという気持ちと、雨が降ったら最悪だろうなという現実的な思いが交錯し、ヴェネチア行きは先延ばしになっていたのだ。
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| 魚市場。手前の魚はハタ。一匹12ユーロは安い? |
パルマに移ってから、ヴェネチアは一気に現実的になった。電車で3時間程度なので、天気を確認して気軽に出かけることができる。とびきり快晴な休日、とうとう実現することにした。列車内で観光ガイドを読み耽り、そろそろかなと顔をあげると、いつの間にか周りは一面海で、そこに絵空事のように浮かぶヴェネチアの街が見えてきた。美しいとか素晴らしいというより、嘘みたいという驚きの方が先にたった。運河を走る水上バスから間近に見る街並みは、老朽化が目立つのは否めないが、退廃的な美しさをたたえている。刻々と沈んでいるのだなと思うと、街が意思を持って必死に浮かんでいるようにも見える。観光客のメッカ、リアルト橋を抜け、まずは市場へ。魚市場は活気に溢れ、見たことのない魚も多い。魚市場の人が濁声で声を張り上げているのは日本と一緒。これは万国共通なのだろうか?
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| バーカロのカウンターに並ぶおつまみ(チケッティ)。
立ち飲みが基本。 |
頼んだチケッティ(一部)と白のフラゴリーノ。 |
街を散策するうちにランチの時間を逸し、バーカロと呼ばれるヴェネチア特有の居酒屋に入ることにした。居酒屋だけれど、朝からやっている。昼は地元の人が軽い昼食を食べる場所でもある。カウンターには日本風に言えば“おつまみ”がたくさん並び、好きなものを少しずつ頼んで盛り合わせにしてもらえる。野菜、魚介、肉とあらゆる食材を使い、簡単で一工夫された“おつまみ”(チケッティ)がずらりと並んでいる様は、食欲を刺激する。まずはプロセッコ(発泡性の白、ヴェネト産)を頼み、飲みながら気になるチケッティを少しずつ選んだ。どれも一口サイズで、ワインを飲みながら次々いける。最後はイチゴの発泡酒フラゴリーノ。これもヴェネチアの属するヴェネト州のお酒。赤のフラゴリーノはよく見かけるが、白もあるというので試してみることにした。白のフラゴリーノは赤より甘みが少なく、後味もすっきりしている。ほろ酔い気分で店を出ると、リアルト橋付近の賑わいとは対極的な静かな一角だ。さて、どちらへ進もうか。恐ろしく方向音痴のくせに、路地好きときている。何かありそうな細い路地を見つけると、通らずにはいられないのだ。この際地図を広げるのはやめて気の向くままに歩いてみることにした。
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| 小運河を行くゴンドラ。 |
ウ゛ェネチアの夕暮れ。水上バスから。 |
どうしようもなく迷ったら、島を囲むカナレ グランデ(大運河)に出ればなんとかなる。四度も同じ道に出た時はさすがに情けなくなったが、小運河に架かる橋から眺める景色に慰められながら散策を続けた。水辺というのは実に気が休まる。この街が、水上の要地として経済的に発展したのは史実だが、ここで暮らす人々が水から享受した精神的な安らぎは如何なるものだったのか。そして今も、ヴェネチアの路地には観光スポットから隠れるようにして、水辺の静かな暮らしがまだまだ残っているようだ。いつの日か、この水辺の街を迷うことなく自由に歩けたら、さぞかし快感に違いない。
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