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それいゆコラム
柴田香織氏 「PIAN PIANO」 スローフードの良さ、楽しさを知る。
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第12回 大地の豚と大西洋―スペイン その2
市場で働く女性たち。給与は出来高払で支払われる。

サンティアゴの大聖堂へ向かうフランコ通りには、狭い道にレストラン、バールがひしめいている。店のショーウィンドーには、生の魚介類と肉が一緒に飾られ、ガリシア地方が海の幸にも山の幸にも恵まれていることを伺わせる。スペインのバールの雰囲気はイタリアのそれとはちょっと違う。イタリアが一杯立ち飲み系なのに対し、スペインはテーブル席が多く、居酒屋系。仲間と一緒に来て長時間おしゃべりに花を咲かせる姿が多く見られる。メニューも、あさりをシンプルに蒸し煮にしたものや、ししとうの素揚げなどもあって、思わず焼きおにぎりなんかも注文してみたい気分になってしまう。スペイン研修の後半一週間は大西洋沿いのガリシア地方。この地方の漁業の歴史は古く、8世紀にはその原型が見られる。そして現在にいたるまで、海産物はこのエリアの経済を支える重要な資源。

海辺に建つ漁師の家。壁に鱗状に見えるのはホタテ貝の殻

海産資源の減少や海の汚染はこの土地では深刻な問題で、最近はツーリズムで一般の人々にも海や漁業のことを知ってもらおうという動きに力を入れ始めている。農家が宿泊施設を併設し、自家製の食材を使った料理やワインでもてなすアグリツーリズムと呼ばれる宿がヨーロッパでは定着しているが、その海版を目指そうということらしい。海沿いの漁師の家を一部宿泊施設にしようという計画も進んでいた。我々も船に乗って、ムール貝などの養殖の棚を見て、船上でゆでたてのムール貝と白ワインをいただいた。船底はグラスボート状になっており、ある地点で船が止まって下へ降ろされた。「この辺りにはタコがいます」皆、船の揺れに耐え懸命に目を凝らすがなかなか見つからない。「あ、あそこです、あそこを見てください」見えたのは足の一部。一瞬にしてタコは去ってしまい、船酔いだけが残った。海産物を生かしたツーリズムはまだまだ工夫の余地がありそうだ。

船から見える貝の養殖棚。 市場で見かけたあんこう。アイルランドの南沖に漁場がある。

 ガリシアの海辺の町は、働く女性の姿で溢れている。アサリを採る女性、魚市場、せりの現場にも女性がたくさん。小さな缶詰工場では女性ばかりが20名働いていた。この工場で、白いヌルっとした物体が山積みになっているのを発見。ひょっとして・・「これは日本向けのあんこうの肝です」魚の肝を食べたことのない同僚達は皆気味悪がっている。

 

調理されたあんこう。フリットしたものをじゃがいも、グリーンピースと一緒に軽く煮込んでいる。

あんこうはイタリアではコーダ ディ ロスポ(ひきがえるのしっぽ)もしくはラーナ ペスカトリーチェ(漁師ガエル)と呼ばれ、白身の淡泊な味が食べやすいのか、イタリアでもスペインでもよく食べられている。しかし肝となると話は別で、魚の肝を食べるというのは他国の人々にとっては信じ難い食文化らしい。あんこうが日本では冬を象徴する魚で、肝は珍重されている食材。フォアグラ食べるでしょ、と言ってみたもののそれで頷けるほど簡単な話ではないらしい。が、この工場にとってはいい廃物利用だ。「ちょっときて」と工場の説明をしてくれた女性が私に見せたのは、商品パッケージ。「ここまでうちでやっているのよ」パッケージには日本の販売会社の商標も入り“高級珍味 あんこうのきも”と書かれ、食べ方の説明まである。しかも完璧な日本語。日本でデザイン校正されたものだろうけれど、ここまでされると本当に食べるのは我々だけなのだな、としみじみしてしまう。「あなた日本人だからあげるわね」とスペイン産の日本高級珍味をお土産にいただいた。工場での直販価格は2ユーロ。魚の肝について、かの魯山人が何か書いていたのではなかったかと思い、研修後に探してみたところ、《知らずや肝の美味》というタイトルで魚類の肝の美味さを語った項があった。彼が特に美味いとして挙げているのが、たい、はも、かわはぎ、ふぐ、あんこう、うなぎ、たらの肝。ふぐについては「余計なことを披露したために生兵法をやられても大変だから、特志があれば直伝することとする」という注釈つき。現在ふぐの肝を供することは禁じられているのではないかと思うが、文字通り死ぬほどおいしいに違いないふぐの肝、今の世の中で挑戦しようという人がどれほどいるだろう?大西洋で見かけたあん肝から、日本の魚文化の根深さを垣間見た気がする。どこまで食材を知り尽くすかということは、どこまでその食材を食べ尽くすかということに近いのかもしれない。

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