マザコン男のことを、イタリアではマンモーネ(複数だとマンモーニ)と呼ぶ。
マンモーネなイタリア男といえば、すぐに思い当たる映画がある。仏人リュック ベッソンの映画「グラン ブルー」に出てくるエンゾ。シチリアの断崖に建つレストランで食事の最中、突如出現したマンマがレストランの料理でなく自分のパスタを強制的に食べさせるというシーンは強烈な印象として残っている。普段は誰に対しても尊大な態度をとっている彼が、マンマの前で急に小さくなってしまう姿が笑いを誘った。
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| 料理を手伝う伊達男その1。職業はカラビニエリ(国防省警察憲兵隊)。 |
実際にイタリア男性たちはマンモーニと呼ばれることをどう考えているのか?反応には2種類。一般的にはそうだが自分は違うという主に北の方の男性、あっさり肯定する南の男性。「今晩は何が食べたいの?」というマンマコールはいまだに健在だとか。そんな話をしている矢先、自分は違うと言っていた張本人のところにも電話がかかってきた。「今日は外で食べるからいいや。」と電話を切った後、ばつが悪そうに「僕もそうかな〜。」と言うので、「おめでとう」の言葉を贈った。
スタイルを変えないという事が、よくも悪くもイタリアの個性を作っていると思うのだが、イタリア料理を代表するパスタも昔は家庭で製麺するのが当たり前だった。
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| 皿洗いを手伝う伊達男その2。ただいま学生。 |
BARILLAやBUITONI等大手のパスタ会社が誕生したのは1800年代だが、効率がいいからという理由でさっさと乗り換える民族ではない。老舗のパスタ製造会社の競合相手は他社メーカーではなく、長らくマンマだったのだ。大手パスタ会社BARILLAがなんとかマンマの味にとって代わろうと、TVを使って広告を始めたのが1950代。家庭の味としてBARILLAのパスタを子供達が思い浮かべるというシークエンスが、手を替え品を替え(この場合、品は替わらないが・・)長年展開されてきた。家庭に定着した最近でも、こんなCMを作っている。日本に駐在中の息子を訪ねる両親が、息子のためにBARILLAのパスタを持って待ち合わせ場所の旅館へ向かう。息子と再会の抱擁の後、母は嬉しそうにBARILLAのパスタを見せる。すると後ろの障子が開き、既に調理されたパスタがテーブルに。隣で日本人の仲居さんが、にっこり笑ってBARILLAの箱を見せる。息子は両親がBARILLAのパスタが恋しくなるだろうと予め自分で用意していたという筋書き。最後にお決まりのキャッチフレーズ“BARILLAはどこに?家に。”が流れる。
自炊率がまだまだ高いイタリアだが、乾麺パスタのごとく便利な食品は徐々に家庭に浸透しつつある。スーパーに行けば、カット野菜、冷凍食品はそれなりのスペースを占めている。外で働く女性が増加しているのはイタリアも同じで、以前は女性が働くといえばファミリーで経営している事業を手伝うという類が多かったのが、今ではこの規模の会社は確実に減っており、女性が外で就業する傾向はますます強まっている。
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| ベッカム似と言われる伊達男その3。バイクの修理店運営兼レーサー。 |
失われつつあるお手製パスタ。今では特別な日に作られる。 |
母の味をマザコンに結びつけるのは安直だが、母の味が母を象徴するものとして語られる場合は多いし、食べ物というのは、己の所属を確認するきっかけになる。海外に行けば自国の味が懐かしくなってナショナリティを感ずるし、家族を離れれば母の味が懐かしくなり、自分の素性をあらためて知る。母の味は、知らず知らずのうちに帰巣本能に訴え、結びつきを強くするものなのかもしれない。イタリア女性の就業率がこのまま上がってゆけば、マンマの味も減り、それとともにイタリア名物のマンモーニな男達も消えていってしまうのではないだろうか。
最近は、イタリアの児童も肥満や味覚音痴が問題になっており、食育(味覚や食べ物についての知識を学ぶ)の授業が行われるようになってきた。食を伝えるのが家庭でなく社会の役割になってきている様子をみると、彼らの絶滅も近いのではとちょっと寂しい気もするのだ。
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