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柴田香織氏 「PIAN PIANO」 スローフードの良さ、楽しさを知る。
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第17回 ブルゴーニュ、テロワール、ドメーヌ夫人

GABIに会うのは二度目だ。彼女は友人の友人で、一度目に会ったのはブルゴーニュで歴史のあるドメーヌに嫁ぐことになったという話を聞いた時だった。「いいなあドメーヌ夫人!」とその場は盛り上がり、ブルゴーニュ、ワイン、シャトーの響きに憧憬の眼が向けられた。3年ほど前の話だ。この度、大学の研修地はブルゴーニュ。期せずして、彼女と再会することができた。
ブルゴーニュ、という響きに舞い上がってしまうのはなぜだろう。ワイン好きでなくとも名前ぐらいは知っている超有名ワイン、ロマネコンティの存在も大きいだろう。前から気になっていたのは、ブルゴーニュワインには語りたくなってしまう何かがあるらしいということ。ブルゴーニュワインに惚れ込んでしまったというワインバーの店主や酒屋の若旦那の事が頭をよぎる。彼らが語るのはウンチクではなく、ブルゴーニュのワイン生産者から受けた感動だった。企業型のボルドーと違ってブルゴーニュのワイン生産者は職人気質。自分のワイン作りを頑なに、自分の眼の届く範囲で貫いている小規模の生産者が多い。つい肩入れしたくなってしまうのはそんな気質がこの土地を貫いているからだろうか。

紅葉するモンラッシェの葡萄畑。

「せっかくだから、いろんな畑見る?」と、GABIが案内してくれたのはシャサーニュ・モンラッシェ、バタール・モンラッシェの葡萄畑。二つともブルゴーニュ白ワインの有名な銘柄畑だ。「あの辺りがうちの畑」と彼女が指差した場所はお隣、前後の葡萄畑と正直区別がつかない。石垣で囲まれたクロと呼ばれる一塊の畑の中には、素人目には見えない生産者による細い区分がある。その細分化がブルゴーニュワインの特色になっている。同じ畑内で同じ品種の葡萄を栽培していても、所有者による手入れや醸造方法で味はそれぞれのものになるのだ。収穫を終えた葡萄畑は、紅葉して一面黄色く色づいている。コートドール(黄金の丘)というのはうまいネーミングだなと感心していると、もっと黄金色になって本当に輝いて見えるのだそうだ。なんと。そして、シャサーニュ・モンラッシエの畑を見渡すように、彼女達の新居が建っている。新居といっても11世紀の歴史的な建物で、現在は手入れ中。「この前、床が盗まれちゃってね。」と彼女が言った。建物を運ぶのはさすがに無理なのでせめて床でも、ということだろうか。それでも重さは約3トン。DALLというタイルで、彼女いわく今頃は闇ルートで売られてしまっただろうとのこと。現在は二歳の腕白ざかりフランソワ君の子育てに奮闘中の彼女。新居が完成したら食事と宿泊のできる施設にするのが彼女の夢。実現したら絶対に泊まりに来たいけれど、正直、人にはあまり教えたくないかもしれない。

彼女達の新居。フランス各地から 買取のオファーが今も絶えない。 カーヴの中で。旦那様のニコラ、GABI、 フランソワ君。 研修で訪れたボーヌ・ロマネのドメーヌで。 地質について講義中。手前は修道士の像。

ドメーヌの女性の仕事は、相撲部屋の女将を思わせる。収穫の時期には、料理長としてアルバイトの人達の為に食事を用意する。30人、40人分に及ぶこともあるというからレストラン並みだ。現在は、御主人のお母様が料理長で彼女はそれを手伝っているが、やがてこの仕事は全て彼女の仕事になる。現在は女将から彼女にレシピが徐々に伝授されている。歴史あるフランスのドメーヌにこうして日本の血が入っていくのは不思議だ。誇らしい感じもする。
ワイン好きなら誰もが羨むこの土地。苦労はないのだろうか?最初に彼女が驚いたのは、階級の存在だったという。嫁ぐ前の葡萄の収穫時、てっきり収穫に参加できると楽しみにしていた彼女には、雇われた人達と一緒に葡萄を摘むことは決して許されなかった。「それはあなたの仕事ではない。」という言葉が彼女には強烈に響いたようだ。彼女のことをかわいそうに思った旦那様のニコラが、苦肉の策で自宅の裏の畑で収穫のまねごろをさせてくれたものの、なんだか盛り上がらず、彼女の収穫作業はすぐに終ってしまったのだとか。でもその時お義父様から渡された収穫用のはさみには彼女の新しいイニシャルが刻まれており、今も彼女の宝物になっている。

ロマネコンティの畑で積み残された葡萄の 実。甘味が強い。

フルーロ家のワインカーヴは、その昔ロマネコンティのカーヴだった。1912年にフルーロ家が買い取ったのだが、その当時からカーヴの中は一切いじっていないという。カーヴの入り口ではミイラ状態になった蜘蛛までその姿をとどめている。中に入ると天井からは長年の塵が垂れ下がり、まるで鍾乳洞のようだ。ワインの瓶の上にはフェルト状になったカビと塵が積もり、つまむと一枚の布のようにきれいに剥がれる。掃除をしていないというのに、埃っぽさが全くないばかりか、洞窟の中にいるような静謐な空気だ。見えないけれど、何か生きている気配を感ずる。自然に話し声が小声になる。何かを邪魔していているような気分になるのだ。

カーヴの中には長年かけてできあがった独自の生態系がありそうだ。フルーロ家のワインは、いまだ昔からのお客様への直売が中心で、ほとんど市場には出ていない。そんな貴重なワインの1979年シャサーニュ・モンラッシェの赤を試飲させてもらう。意識がワインの中にさーっとさらわれるような感覚。これまで「子犬の濡れた香り」だの、「朝露の草原を散歩している」だの叙情的なワイン表現をさんざん茶化してきたが、森の中にいる、と初めて言いたくなってしまった。香りが霧のように周囲に立ちこめる。ピノノワールの特色であるベリー系の香りに、湿った土や木、キノコのような香り。目の前が幕で覆われたように、一瞬ぼーっとしてしまった。ブルゴーニュワインを語りたくなる気持ちというのが、少しわかる。
ブルゴーニュでワインを造り始めたのはベネティクト、シトー派の修道士達だった。彼らは地質を知り尽くし、地質が与えるワインのキャラクターについて記録を残した。隆起と断層によって作られた土地では、ほんのちょっと距離が離れるだけで地質が変わる。ワインの味もかわる。フランスでは、ワインのキャラクターの決め手となる気候風土や歴史、人的要素を総じてテロワールと呼んできた。テロワールは語り継がれ、受け継がれ、やがてブルゴーニュの外でもたくさんの人々に語られるようになった。語り継がれることは継続的な価値を生む。それが多分ブルゴーニュワイン。語り継がれた価値はやがて伝説となる。ロマネコンティのように。

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