ある一つの土地を想像してみる。そこにたどり着いた人々がいて、そこで育つ作物、獲れるものを食べている。あるとき、外から違う食べ物が持ち込まれる。珍しい食べ物は、一部の限られた人々の口にだけ入る貴重な食べ物、美食となる。やがてたくさんの人々の口に入るようになると、美食としての価値を失う。外から入ってきた食べ物は、あるものはその土地の洗礼を受け、その土地のものとして新たに根付いていく。あるものは消えてゆく。
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| 大学の卒業式。学生への修了書とともに、大学プラグラムの協賛団体にも記念メダルが授与された。 |
そして新しい別のものがやってきて、新たな美食となる。
目新しいものを求めた結果、そこでできたはずの作物やそれに伴う食習慣もまた、地中深くに忘れ去られ、これが今度は珍しいものとなり、美食の対象となる。誰が最初によんだのか、イタリアではGIACIMENTI GASTRONOMICI(美食の鉱床)という言葉がある。その土地に確かに存在し、根づいていたもの。イタリアのスローフード運動が掘り起こしているのはここだ。遺跡を掘り当てるように、美食の鉱床の発掘はここ10年近く続いている。トスカーナの山間部にカラーラという土地がある。大理石が有名で、古い石切り場が今も残っている。この土地に、ブタの脂身(ラード)に、海塩、にんにく、ハーブ(ロズマリー、シナモン、アニス、クローブ、サルビア、オレガノなど)を塗りこみ、大理石の中で熟成保存させるという習慣があったが、10年程前まではほとんど忘れ去られていた。
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| 学校終了後訪れたサルデーニャの海。 3月は水温がまだまだ低い。 |
この土地の大理石をミケランジェロが使用していたというエピソードと相俟ってLald di Colonnata(ラルド ディ コロンナータ)はここ10年でトスカーナの美食のひとつに数えられるようになり、他国の美食家達にも知られる存在になった。スローフード、スロー云々はスピード社会へのアンチテーゼとして語られることが多い。スロー=ローカリズム、アナログ、スピード=グローバリズム、ハイテクと、背反するイメージでとらえられている。実際は、そんなに単純ではない。ローカルなものをグローバルに発信していくグローカルな動き。こちらで見たスローフードはグローカルな経済活動の形を呈している。日本のスローブームは噛み砕かれる前にどこかへ去ってしまったようだけれど、皆が共有したイメージは郷愁みたいなものだったのだろうか。
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| サルデーニャ第二の都市サッサリで見つけたトラットリアの看板。細い路地歩きが楽しい街。 |
イタリアの美食の鉱床はノスタルジーではなく、ストラテジーだ。トマト缶でおなじみの細長いトマト、サンマルツアーノはナポリのあるカンパーニャ地方、ヴェズーヴィオ火山の麓の痩せた火山灰地で生息する品種だった。痩せた土地の栄養分を吸い尽くすように育つトマトは甘みが強く、実が適度に締まっている。元来のサンマルツアーノは、ソース用としてだけでなく生で食べるとさらにおいしい。元来と書いたのは現在のトマト缶用の品種は主にオランダで品種改良されたもので、機械での収穫がしやすいように皮が厚めになっているからだ。ナポリ郊外にサンマルツアーノの原生品種を復活させた若い二組のファミリーがいる。彼らは過疎化していく故郷に、人を呼び戻せるようなきっかけになればと願って古く自分達の土地にあったはずのトマトを復活させた。種はトリノ大学にあったものをスローフード協会の協力で手に入れた。原生品種のサンマルツア―ノは皮がうすく傷つきやすいため、全て手摘みで収穫しなければならない。売り物になるトマトができるまでに3年かかったという。これがソレントにあるミシュランの星つきレストランのシェフの目にとまり、彼らのトマトは徐々に販路を拡大している。
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| サッサリの市場に並ぶ野性のアスパラガス。柔らかくておいしそう。 |
復活させた中世の品種で作られたシードル。 トレンティーノ産。 |
現在は米国のネット上でも販売されており、一缶13ユーロ(イタリアでは3ユーロ)の値段がついているとか。一生懸命に説明してくれた彼らの姿や、ご馳走になったカポナータ ナポレターナ(サンマルツア―ノ、タラッリというビスケットのような硬いパン、ナスの塩漬け、オリーブ、バジリコをオリーブオイルであえたもの)が記憶に染みついている。口にするものの背景を知ると、味覚以外の何かが食べ物をおいしくする、と思う。生理学のことは全くわからないけれど、食べ物への親近感が沸くと、その何かが分泌される気がする。こちらで実際に生産地や人を見て知った食べ物との距離感は、日本でよく食べているのに実は素性を知らない食べ物よりも、ある意味近いのかもしれない。今は、身近なものをあらためて知りたいという気がする。面白いものは足元に埋まっていそうだ。そんな期待をして、日本に戻ってみたいと思う。
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